ニベアクリームの香りは大切な人の香り。
アベさんの手、いい匂いがするね。
カオリは鼻をくんくんさせる。
そう?
うん。それに手もキレイ。
そう?
アベは思わずニヤつく。
香水つけてる?どっかで嗅いだことのある匂い。
カオリはもう一度鼻をくんくんさせる。
つけてないよ。
アベが手を差し出すと、カオリはすっと握った。
ちょっと買い物してもいい?
アベは道路の向こうを指差す。指の先にはドラッグストアがあった。
いいよ。
カートをゴロゴロさせながら、アベは洗剤やら調味料やら食料品やらお酒をどんどん入れていく。
いつもここで買うの?
カオリはカートに乗ったカゴとアベを順番に見る。
うん。スーパー行けないときは。ポイント貯まるし、けっこう安いよ。
料理も洗濯も掃除も自分でやるもんね、アベさん。
まあ、ひとり暮らしなら誰でもするよ。
そうでもないよ。
カオリは少しだけ俯いた。
これからは私がちゃんとやるから。
カオリはアベの腕を強く掴んだ。
ありがとう。俺もちゃんとやるから。あっ、そうだ!もうひとつ。ちょっと待ってて。
アベはカートを置いて、小走りでどこかへ向かい、すぐに戻ってきた。
これこれ。
アベの手にはニベアが握られていた。
さっきいい匂いって言ってくれたでしょ?きっとこの匂いだよ。
そうなんだ。なんか懐かしいね。ウチにも昔あった気がする。
我が家はずっとこれ使ってるんだ。乾燥したときとか水回りで手が痛んだときとか。アベ家はみんな、これ。
アベは持ってきたニベアをカゴにいれ、バッグから使いかけのニベアを取り出した。
嗅いでみて。
アベはふたを開けてカオリの目の前に差し出す。
いい匂い。それに、懐かしい。
だろ?アベ家のハンドクリームはずっとこれ。
へえ。
カオリもこれ使ってよ。きっと気に入る。そして、今日からアベ家の一員だ。
アベはクリームを少し指先に乗っけて、カオリの手の甲につける。
カオリは大きく頷いた。